アイディアノート。

ここでのアイディアとは「考え」のこと。アイディアは「ひらめき」という意味だけではないんですよ。

お盆に納得がいかない

お施餓鬼(おせがき)に日蓮宗の寺へ行ってきた。

祖父が亡くなったので初盆で家族全員が行くわけです。

面白いですね。

 

坊さんが沢山いて、念仏を唱えては周ります。

危うく囲まれそうになった。

あれでは霊もひとたまりもないな(笑)。

 

ところで、なぜお盆に霊が帰ってきて、供養するという風習が

残っているのだろう。

他の国では霊は帰ってくるのだろうか。

日本だけという話もネットで見た。

つまり、嘘ということか。

「霊界が他の国とは違う」とも書いてありましたが、

言い訳にしか聞こえない。

 

日蓮宗は面白くて、『南無阿弥陀仏』と唱える。

ウィキによると浄土真宗がそうだと書いてあるが、日蓮もそうだ。

この念仏は阿弥陀仏へのお礼の意味があるとのこと。こちら

阿弥陀仏へのお礼を言うと、霊が成仏するのだろうか。

どうなの?

亡くなった人へ向けて阿弥陀仏へのお礼を言うって意味が解らない。

 

という具合に、我々のお盆という風習一つ取っても訳が分からないことが多い。

これはこういう事だと思う。

 

『本当かどうか』は関係ない

 真実を求める、真理を追究するというやり方を我々は取りたがる。

しかしこの場合、もともと理屈では説明がつかないことだ。

つまり嘘か本当かは誰も知らずに、おそらくお坊さんでさえ、ただ

「そう言われてきたから」という理由で皆がそれに従っているに過ぎない。

これを風習という。

霊の存在自体確認は出来ないし、南無阿弥陀仏がどんな効力があるかも

分かりようがない。

 

但し所詮(しょせん)人間が考え出したことなのだから

嘘か本当か、yesかnoかと言われたらどちらかと言えば

嘘だろう。

私は嘘が嫌いだから、南無阿弥陀仏も嫌いだ。

亡くなった方が戻ってくるなどと「んなわけねーだろ」と思っている。

 

世界中の人が間違いで、日本だけが正しいとしたら

お盆に帰ってくるだろう。

195か国中、たった一国である日本が正しくて

他の194か国が間違いなのだとしたら。

でも確率論から言って、これは間違っている可能性が高い。

 

チベット仏教を真似しただけのくせに、正しいとも思えない。

本当に霊に効力があるとしたら、日本語なのもおかしい。

 

ですよね?

これはあくまでも私個人の見解ですが

自分なりに理解すると、亡くなった方はどうでもよくて

残された我々が何かしてあげたいという気持ちを持つ事を利用して

風習となり得たのがお盆であり、お施餓鬼であり、お焼香であり、

南無阿弥陀仏と唱えることなのだろう。

 

こういった風習が浸透しているのでお寺も食っていけるわけだが、

神道やキリスト教が蔓延したらそうもいかなくなる。

宗教の世界は競争が激しいね。

 

それから墓は私の時は一人一つにしてほしい。

なぜ家族と先祖で一つの墓に入れられるのか。

マイルームが欲しい。

 

ではまた。